何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

いま、世界は変わりつつある。地球上に張り巡らされた電子的なネットワークによって、情報は瞬時に伝わる。コミュニケーションの仮想世界は、古くからの境界を解消し、新たな大地を獲得し始めている。
科学技術は、いつも戦争と飢餓と疫病を乗り越えようとし、いまや人工知能という、人類の概念を塗り替えかねないインテリジェンスが動き出した。もはや「自然」と言えるものは姿を消しつつあり、地球環境も人間の細胞すらも、科学技術によって改変し尽くされようとしている。人類がいったい、この科学と技術を使って次に何を目指すのかは不明瞭だ。
§境界のない、多焦点の世界
わたしたちはどこにいて、どこへ行けば良いのか。ただでさえ道を見失いがちなのに、仮想空間にあってはなおさら迷子になりやすい。少なくとも現在地を知る必要がある。それを助けてくれるのが、香ぐわしき哲学者ミッシェル・セールが著した『アトラス 現代世界における知の地図帳』だ。
ふらりと彷徨う放浪も魅力的だが、旅にはそれなりの装備というものもあったほうがいい。この地図帳は、「どこにいるのか(延長)」~「何をなすべきか(伝播)」~「いかになすべきか(隣人)」という問いによって、わたしたちに仮想空間を読み解くカマエを示してくれる。知識の源と結びつけば、目に見えるものも見えないものも、感知できるようになるのだ。
通常の世界地図が表すのは「境界」に過ぎない。境界は内と外を隔て、わたしたちはそのどちらかに存在している。
しかし現代の仮想空間には「中心」がない。あらゆる場所、あらゆる人間、あらゆる言葉、すべてが真ん中となり得るのだ。限りない多様性が無数の交点を生み出し、尽きることのないメッセージが都市やコミュニティを循環する世界においては、労働の本質、報道や宣伝・広告のもつ影響力、教育のなすべき役割が少しずつ変化していく。
複雑化した多焦点の世界に生きるわたしたちが思考し、行動するために必要な技術があるという。自分の前方に自らを投げ出すこと、すなわち、自らを客体化し、諸感覚を通じてその居場所を客観視するのだ。自己の外に出る旅、それは「最も近いところへの旅」である。
地図は戦略や戦術とともに進化してきた。境界が争いの種となった。聖なるものや宗教や法は、人間が集団で生きる過程で暴力を抑止するものとして生まれたはずなのに、結局は無知な人、貧しい人、飢えた人たちを遠ざけ、弱きものを排除した。
新しい地図に境界はいらない。見えない空間は、見るものによってそれぞれの景色として描き出される。新しい空間には遠ざけられたものたちも全てが内包され、良き隣人となる。争いや差別のない世界も夢ではないかもしれない。
§仮想空間に折り重なる「生」
マルコ・ポーロを語り手にして、ある仮想空間を描き出したのが、イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』だ。13世紀モンゴル帝国のフビライ汗は、その広大な帝国を自分の目で見て回ることができないゆえに、マルコを諸都市視察の旅に派遣し、報告させた。フビライは帝国の先行きに対する不安と憂鬱に苛まれ、その版図を目に見える形で所有したいという欲求を漲らせていた。そしてマルコの虫の目・鳥の目を通して描き出されたさまざまな都市の在り様に熱心に耳を傾け、自身と帝国がどの方向に向かっているのか答えを探そうとする。
マルコの語る都市は、人間の欲望や恐怖、夢が出入りする奇想天外なものばかりだったが、いずれもどこか似通っていた。それもそのはずである。彼はフビライの頭のなかにある都市をバラバラに分解しては、取り替え、置き換え、並べ替えて組み立て直していただけだったのだ。
カルヴィーノの都市紀行はそれ自体が時空の網目のように構成され、たくさんの襞や折れ目や交点に、空想都市が自在に配置されたアトラスである。それは、目に見えるものも見えないものも描き出す、いま私たちが仮想空間に見出すべき、新しい地図と重なる。
カルヴィーノは世界の意味を解き明かすために、隠された法則と秩序を探し続けた作家だった。彼が記号や方法を駆使して組み立てた立体的なトポスには、どこにいても権力に支配されずに生きる権利を求めたアントニオ・ネグリの「マルチチュード」のようなものすら垣間見えてくる。
§集合知の在り処を求めて
新しい世界地図を読み解くために、具体的に私たちはどうすればいいのか。そのプロセスをもう少しわかりやすく、100本の書評をもってナビゲートしてくれるのが、長谷川眞理子の『ヒトの探求は科学のQ』である。自然人類学と行動生態学から出発し、ヒトの進化や、科学と社会の関係を研究するリケジョな著者が、時代の風を浴びて感じるQに対し、さまざまな知者たちとの読書による交流を持ってEを連ねていく。そのテーマは、人工知能、人間の脳、人類と文明、生物学、さらには宇宙・物質・時間という普遍的・外部環境的な視点を経て、ヒトが人たる文化、哲学へと読書の旅を続け、最後には生命倫理の問題に迫る。
文化がなぜ人から人へと移っていったのか、移るときに何が起こったのかを思えば、それが生物進化の過程と密接に結びつき、それぞれの共同体における政治や思想、文化的風土に深く根ざしていることは明らかだ。
「知」は一人の人間が単独で築くものではなく、多くの人がさまざまなアイデアを交換し、共有し、意見を闘わせながら築いていくものだと彼女はいう。現代の仮想空間を生きるための地図帳とは、多様な共同体の集合知・共有知の在り処を知るためのものでもあると言えるだろう。
あなたの、そしてわたしの隣人は、自分自身の境界をちょっと破った外側にいる、知識の源への旅の友だ。共に読み、多様な地図を描いてみたい。
Info
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●アイキャッチ画像
∈ミッシェル・セール『アトラス 現代世界における知の地図帳』(法政大学出版局)
∈イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』(河出文庫)
∈長谷川眞理子『ヒトの探求は科学のQ』(青土社)
●参考千夜
∈1770夜『小枝とフォーマット』ミシェル・セール
∈0923夜『冬の夜ひとりの旅人が』イタロ・カルヴィーノ
∈1029夜『構成的権力』アントニオ・ネグリ
●多読ジム Season06・春
∈選本テーマ:旅する三冊
∈スタジオ凹凸(景山卓也冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):三位一体
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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2025-10-02
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