編集用語辞典 05 [別院]

2022/02/24(木)08:53
img LISTedit

黒板に、細く曲線を引いた美しい文字。やがて、窓越しに月明かりを映すセピア色の本の頁が浮かび上がり、どこか懐かしい、松岡校長の声を孕んだかのような語りが胸の奥へと響いてくる。『フラジャイル』に続く、校長の本の宇宙=ビブリオコズムを映像化した「册影帖」第二弾『雑品屋セイゴオ』は、エディストの金宗代副編集長が朗読を担当している。

 

校長の幼な心の内側をカレイドスコープで覗き込んだような册影帖は、記憶のガジェットをちりばめ、青少年の裏地をはたはたと仄めかせ、手近な馴れ親しんだオブジェが隠し持っている遠い世界への通路を開いてゆく。本を「目と手と脳で触れるオブジェ」へとメタモルフォーゼさせ、新たな別様の可能性を生みだす音と映像と声に、見る者はいつしかあの向こうの気配を感じ、陶然となる。

 

編集稽古の【守】と【破】には、それぞれの教室や期を超えて集う別院がある。

別院とは、もともと本山に準じて別に設けられた寺院のことを指す。別所とも言い、学問研究や修行のための庵や道場にも、教えを広める化他の場にもなる。千夜千冊では、中世の寺社勢力の近辺に生まれたアジール(無縁所)としても、別所が紹介されている。

 

イシスのネット上の別院は、[守]のお稽古の一種合成やミメロギアを競う番選ボードレールの賞、あるいは [破]の知文術や物語編集術のアワードであるアリスとテレス賞を発表するハレの舞台となる。さらには一人ひとりへの丁寧な講評の場にもなる。また別の日には、師範によるとっておきのレクチャーを聴く講堂にもなる。毎期、守破のお題を解説する講義は、情報を着替え、持ち替え、しつらいも変幻自在に世界定めをし、擬き、肖る。そのたびに馴染みのお題が隠し持つ別様の可能性が展かれていく。その方法は「册影帖」の見立てや本歌どりにも似て、言葉にならない編集の奥を手繰り寄せ、格別のアナザー・ヴァージョンを表象しつづけている。

 

 

画像デザイン:穂積晴明

 

【参考リンク】

千夜千冊第1758夜 『アジール』オルトヴィン・ヘンスラー

千夜千冊第1793夜 『世界制作の方法』ネルソン・グッドマン

【オツ千vol.18】 世界は一つじゃないんじゃい

 

§編集用語辞典

 01[編集稽古]

 02[同朋衆]

 03[先達文庫]

 04[アリスとテレス大賞]

 05[別院]

  • 丸洋子

    編集的先達:ゲオルク・ジンメル。鳥たちの水浴びの音で目覚める。午後にはお庭で英国紅茶と手焼きのクッキー。その品の良さから、誰もが丸さんの子どもになりたいという憧れの存在。主婦のかたわら、翻訳も手がける。

  • 編集用語辞典 21 [BPT]

    「この場所、けっこうわかりにくいかもしれない」と書かれた看板を手にした可愛らしい男の子のイラストが、展覧会場の入り口に置かれている。眉根を寄せて地図を見ているその男の子を通り過ぎ、中へ進むと「あなたをずっとまっていたのか […]

  • 編集用語辞典 20 [イメージメント]

    八田英子律師が亭主となり、隔月に催される「本楼共茶会」(ほんろうともちゃかい)。編集学校の未入門者を同伴して、編集術の面白さを心ゆくまで共に味わうことができるイシスのサロンだ。毎回、律師は『見立て日本』(松岡正剛著、角川 […]

  • 編集用語辞典 19[ISIS(イシス)]

    陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを   柩のようなガラスケースが、広々とした明るい室内に点在している。しゃがんで入れ物の中を覗くと、幼い子どもの足形を焼成した、手のひらに載るほどの縄文時代の遺物 […]

  • 編集用語辞典 18[勧学会(かんがくえ)]

    公園の池に浮かぶ蓮の蕾の先端が薄紅色に染まり、ふっくらと丸みを帯びている。その姿は咲く日へ向けて、何かを一心に祈っているようにも見える。 先日、大和や河内や近江から集めた蓮の糸で編まれたという曼陀羅を「法然と極楽浄土展」 […]

  • 編集用語辞典 17 [編集思考素]

    千夜千冊『グノーシス 異端と近代』(1846夜)には「欠けた世界を、別様に仕立てる方法の謎」という心惹かれる帯がついている。中を開くと、グノーシスを簡潔に言い表す次の一文が現われる。   グノーシスとは「原理的 […]

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。