何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

神社に住んで8年になる。といっても、先月書いた来訪神を擬こうなんてつもりではない。縁あって宮司の息子と結婚し、その片隅で暮らしている。2024年が明けて、初詣に来た人たちが鳴らず鈴の横に、今にも飛び立ちそうに龍が翼を広げていた。
木鼻というそうだ。神社の拝殿やお寺のお堂の入り口の柱から、頭貫という横木が出た部分のことで、鎌倉時代以降に複雑な装飾が施されるようになったという。そこからわたしたちをじっと見おろしているのは、獅子や龍や貘などの想像上の生きものたちだ。
龍は十二支の中で唯一実在しない生きもの。十二支は、モンゴル帝国の支配が及んだ、西アジアや東ヨーロッパの一部の地域にもあるという。ただ龍は、アラビアではワニに、イランではクジラに置き換わっている。ワニもクジラも、そこに住む人が見たことがないような動物だ。古代ペルシャで生まれたゾロアスター教には、アジ・ダハーカという悪神によって生み出された三つ首の龍がいるという。アダムとイブを唆した蛇や、英雄によって退治されることの多いドラゴンのように、中東でも龍は忌まれて交代させられたのだろうか。
ドラゴンが火を吐くのに対し、龍は戦国時代から漢代の『管子』に「水から生ず」と書かれている。そんなふうに龍とドラゴンには対照的なところがある。けれどどちらも、木火土金水のなかでつねに揺れ動いているものを象徴している。
そもそも、十二支ははじめから動物ではなかったそうだ。中国の殷代の遺跡から、日付を表すために使われていた、十干と十二支を組み合わせ表が発掘されている。しかし、それは約12年で天球を一周する木星の位置を示した、12の「辰」の名称としての十二支だった。時代が下って、中華王朝が周辺国や文字の読めない人々に暦を普及させるために、それぞれの辰の名前に音が似ている動物を当てはめたという。
同じように言葉や文字を共有できない相手、赤ちゃんがはじめて出会う「お友だち」は動物なんだと子育てをするようになって思った。絵本はもちろん、服や身の回りで使うものにも、クマやウサギやイヌやネコがけっこうな確率であしらわれている。それらはリアルな動物ではなく、子どもがはじめて触れるキャラクターだ。(子どもが認識している少しのんびり屋で気のいい「くまさん」と、最近ニュースで見る人里に降りてきた「熊」とはかなりのギャップがあると思う。)
なにもない空。神さまが降りてくるためのおうち。そんな茫漠とした空間に目鼻がついて、空想上の龍や、イメージの中にだけ住むクマがこちらに語りかけてくるキャラクターになると、そこに物語が走り出す。その存在たちがどんな表情でなんて話しかけてくるのか、それがその人の世界イメージになる。
火のように水のように、かたちをとどめておくことのできないものにあふれたこの世界を、ひととき読めるようにしてくれるもの、それが(実在するとしてもリアルから離れた)想像上の動物たちなのだろうと、今日もクマやウサギを相手におままごとをする娘を見ながら思った。
ーーーーー
◢◤林愛の遊姿綴箋
冬になるとやってくる(2023年12月)
龍が話しかけてくる(2024年1月) (現在の記事)
◢◤遊刊エディスト新企画 リレーコラム「遊姿綴箋」とは?
ーーーーー
林 愛
編集的先達:山田詠美。日本語教師として香港に滞在経験もあるエディストライター。いまは主婦として、1歳の娘を編集工学的に観察することが日課になっている。千離衆、未知奥連所属。
こころとARSの連鎖ー還生の会目前・近江ARSプロデューサー和泉佳奈子さんインタビュー
松岡校長が千夜千冊で「惚れている」と告白したのは、エミール・シオランと川崎和男のふたりだけ。その川崎和男さんが校長の最後の編集の現場である近江ARSで、仏教とデザインを語り結ぶ。 ■還生する仏教 舞台 […]
透き通っているのに底の見えない碧い湖みたいだ―30[守]の感門之盟ではじめて会った松岡正剛の瞳は、ユングの元型にいう「オールド・ワイズ・マン」そのものだった。幼いころに見た印象のままに「ポム爺さんみたい」と矢萩師範代と […]
スペインにも苗代がある。日本という方法がどんな航路を辿ってそこで息づいているのかー三陸の港から物語をはじめたい。 わたしが住んでいる町は、縄文時代の遺跡からもマグロの骨が出土する、日本一マグロ漁師の多い […]
東京を離れるまで、桜と言えばソメイヨシノだと思っていた。山桜に江戸彼岸桜、枝垂桜に八重桜、それぞれのうつくしさがあることは地方に住むようになって知った。小ぶりでかわいらしい熊谷桜もそのなかのひとつ。早咲きであることから […]
2011年の3月11日にはここにいなかった。けれど、東日本大震災の慰霊祭に参加するのは8回目になった。住んでいる神社の境内の慰霊碑の前に祭壇を設けて、亡くなった人にご神饌と呼ばれる食事を捧げ、祈る。午後2時46分が近づ […]
コメント
1~3件/3件
2025-10-02
何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)
2025-09-30
♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。
2025-09-24
初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。