何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

「明日はお好きな場所、時間でいいですよ。なにかご希望は。」
迫村勝(師範・サイエンティスト)からのメールに、井ノ上裕二(師範・会社員)は「お任せします」と返事をした。
長い海外生活を終えた井ノ上が、真っ先に連絡をした先が迫村だった。
井ノ上からの会食の申し入れを、迫村はいつも快く受け入れる。
十年以上前、[破]で井ノ上は学衆として、迫村師範代に師事をしていた。
つき合いは長い。最近は面会の頻度が上がっている。
この間に迫村は白髪となり、井ノ上の顔にはしわが増えた。
20年1月25日の夕方、井ノ上と迫村は神田駅で落ちあう。
「今回はモンゴル料理にします」と、迫村は笑みを浮かべる。
店選び一つとっても、迫村は思いもがけない展開をもたらす(『神田らしい料理で サイエンティスト・迫村勝の回答(前編)』参照)。
「モンゴル料理といいながらも、日本風になっています。編集ですよね」。
「編集」という言葉の安直な持ち出し方が、井ノ上には気になる。
到着すると、それはモンゴル料理店ではなく、ジンギスカン焼き肉店であった。
迫村の微妙なズレ具合が、井ノ上には楽しい。
席に着くや「編集って何でしょう」と迫村が井ノ上に質問をする。
迫村は編集学校の大ベテランであるのだが。経緯はこうだった。
大学の研究室の引っ越しで、一時的にかれの蔵書は本棚から引き出され、箱詰めになっている。
大部の千夜千冊全集も、段ボール箱のなかで眠っている。
迫村は本棚の背表紙を眺めることで、情報を構造化していた。それが一時的にせよ失われることで“編集”というものの輪郭がぼやけた。
迫村の不可解な質問は、そこから生じた。
議論は電子書籍の課題へと展開する。「電子書籍は本棚を構築できない」ことが気になる。
食とビールが進む。
「最近、面白いことはありましたか」。井ノ上が尋ねる。
迫村は「信じるか信じないかはあなた次第です」の人との接触を語る。
都市伝説には怪しい情報があるが、嘘とも言い切れない事象もある。
井ノ上は、田中宇や副島隆彦の国際的陰謀ネタを持ち出す。
世の中は陰謀で支配されているのかもしれないし、陰謀からの逸脱が、結果的に世界を動かしているのかもしれない。
嘘と真実、ツモリとホントの境界を行き来しつつ、二人は肉を焼く。
冷酒を入れる。
編集学校の昔話をするが、名前が思い出せずに対話が中断する。
迫村がおちょこをひっくり返す。テーブルに酒が飛び散る。
「それは、脂身ですよ」と、迫村が箸でつまんだものを、井ノ上が指さす。
「いや、ジャガイモです。脂をたっぷり吸いこんでますけどね」と、迫村は得体のしれないものを口に運ぶ。
真冬の冷酒は、脂身とジャガイモの区別を失わせる。
ろれつが回らなくなる。会話は途切れない。
「世の中がテンプレート化しており、情報をテンプレートに当てはめて事足れりとする風潮がある」と、迫村。
「編集稽古の『型』とは、その用い方によって、自分の意味の半径を思いもがけない方向に広げるのではないか」と、井ノ上。
「編集学校の発足当時、Eラーニングはとてつもなく斬新でした」。
迫村によると、メールのやり取りで世の中を変えるぐらいの熱気があったらしい。今や、編集学校のテキストベースのやりとりは、アナログな方法だ。
それが致命的な欠陥であるとも言い切れない。
二人の議論には決着はつかない。それをよしとしている。話はえんえんと続く。
店のスタッフに写真撮影をお願いする。二人で松岡正剛のポーズをとる。
四時間が経つ。
井ノ上は記事執筆のために、対話についての事実確認を行う。
迫村は「仕事をしてるねー」と、笑みを浮かべた。迫村にとって、井ノ上は熱心な編集学校関係者に見える。
オカルトとサイエンス、都市伝説と現実といった虚実の間を行き来する迫村は、超然としている。
井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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2025-10-02
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