レインリリー ――石垣の隙間から#09

2024/11/13(水)08:45
img CASTedit

52[守]師範代として、師範代登板記『石垣の狭間から』を連載していた大濱朋子。今夏16[離]を終え、あらためて石垣島というトポスが抱える歴史や風土、住まいや生活、祭祀や芸能、日常や社会の出来事を、編集的視点で、“石垣の隙間から”見つめ直す。

石垣島に移り住んで9年。生まれ育った場所とも、青春時代を過ごした場所とも異なるこの島には、「たくさんのわたし」がこぼれ落ちていた――。

 

 石垣島の朝の空気には、人の気配が混じっていない。猫や虫、植物や大気の声が聞こえてくる。ほっと息抜く休日の彼は誰時。平日の勤めのことなど忘れて、世界との関係線を探るこの時間が好きだ。ふと石垣の間に目をやると、レインリリーが仄かに光っていた。白く可憐な蕾から視線を空へ移す…。「ねんのため」と傘を手に、私は散歩へと出かけた。

 

 いつもの散歩コースを歩いていると、数名のランナーとすれ違う。その行先に視線が動く。南の空はぼんやりと朧にひかり、雨が訪れているようだった。東の空は青天を黒雲が侵蝕しようとしている。北の空を見ようとした時、頬に雨粒が当たる。降り出した雨に、私は傘を開く。ランナーは両手を広げた。

 

 いつの間にか傘を弾く音も聞こえなくなり、背にした東の空から太陽の熱を感じる。傘をたたみ空を見上げると、そこには虹がかかっていた。よく見ると二重の虹だった。見ようと思えば、虹は何重にも見えるのかもしれない。

 

▲東の空の境界

 

▲『二重レインボー』

 

▲振り返ると太陽が

 

 虹のたもとへ視線を移すと、雨雲は北の空へ動いていた。台湾付近の熱帯低気圧の影響もあり、不安定な気候は地上に「カタブイ」をもたらす。

 

 カタブイは、片降いと書く。その字の通り、晴れていながら片側で降る雨のことだ。本土でいう「狐の嫁入り」のようなものだが、ちょっと違う。沖縄特有の気象現象で、短時間で局所的に雨が強く降るので、スコールに近い。沖縄本島の大学へ通っていた頃、カタブイの境を目指して仲間とドライブしたことを思い出す。「あっち」でカタブイが起きていると目で分かるほど、雨の柱のような境界を見ることができるので、その狭間に身を置いてみたくなるのだ。気象専門用語で“不安定性降水”と呼ばれるこの現象は、晴れであり、雨である。そして、雨であり、晴れである。

 カタブイを目指した私は、本当はどちらなのか、そこに身を置くことでハッキリさせたかったのかもしれない。

 

 しかし、晴れであり雨である現象は、どこから見るか、どこに身を置くかによって、見え方をガラリと変える。【004番:地と図の運動会】では、【地】を動かせば【図】の見え方は一転することを痛感したはずだ。

 

気象観測を【地】にすれば、カタブイは特異気象という【図】になってあらわれる。

雨が降っているところを【地】にすれば、カタブイは、土砂降り。視界は悪く先が見えない。困難の渦中。

いずれ過ぎゆくことを知っていれば、夜明け前?

晴れているところを【地】にすれば、カタブイはやっぱり晴天で、気分も良い。降っているところを見れば対岸の火事だ。

その動向を察知できれば、せまりくる危機となるのかもしれない。

 

 結局、大学生の私たちは、カタブイの境界を渡るドライブを成功させることができなかった。そこへ行くまでに、現実における諸々の交通事情が壁となり、那覇の街を彷徨う。遠くから見えていたことも、近づくと複雑な事情があり、問題がわからなくなることを知った。

 

 カタブイがくるたびに心が騒ぐ。どこを【地】にするかで立場も見え方も変わると知っているけれど、劇的な変化に気持ちが追いつかないことだってある。実際はそんなに割り切れるものでもない。穏やかでいられない場合も多い。が、きっとそれはそれでいいのだろうと自分に言い聞かせる。揺れる思いと共に曖昧になる【図】を描いていくしかない。

 

 まどろむような朝の散歩を終え家に着くと、出かける前はまだ蕾だったレインリリーが開いていた。花は、わずか数十分のうちに開花のための閾値を超えた。

 どこに境界があるか、見た目ではわからない。

 

 

(アイキャッチ)レインリリー(玉簾)

 雨の後に一気に花をかせることから、その名がついている。和名は玉簾。白く美しい花は「玉」である。葉が集まっている様子は「簾」に例えられる。メタフォリカルなその名が、地の割れ目から雨粒のような珠を天空へ放ち、網目を張り巡らす様を想起させるのは、ヒガンバナ科に属しているからだろうか。ヒガンバナ科タマスダレ属。

 

<石垣の狭間から バックナンバー>

肌感覚――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#01

変換――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#02

ピンクの猿――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#03

にんじんしりしり――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#04

飲み込む――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#05

夢の共有――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#06

線の冒険――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#07

アンガマ――石垣の狭間から#08

レインリリー ――石垣の隙間から#09

  • 大濱朋子

    編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。

  • 【よみかき探Qクラブ】千夜千冊共読レポ――机の上に立ち上がれ!

    「浮気も不倫もOK」 「本は武器だ」 「流血も怖くない」    過激な発言が飛び交う共読会が9月半ばに開催された。  主催はよみかき探Qクラブ。このクラブ、松岡正剛校長の「そろそろ僕も、明日の少年少女のために想 […]

  • 知れば知るほど、なお知りたい――43[花]師範×放伝生 お題共読会

    幼な子の寝息が聞こえ、やっと東の空に月がのぼりはじめた頃、zoom画面に現れたのは43[花]放伝生たちと[守][花]の指導陣だった。その数、ざっと30名弱。松岡正剛校長の命日である8月12日に、初の試みである放伝生と師 […]

  • 真夏の編集筋トレ――43[花]師範代登板準備レポート

    43[花]はちょっと違った。ちょっと? いやいや、だいぶだ。来たる56[守]新師範代として20人を超える放伝生が名乗りを上げたのだから、そのぶっちぎりっぷりが想像できるだろう。こんな期はそうそうない。演習を行う道場での […]

  • 夏の舞台――石垣の隙間から#10

    海と山の間から太鼓の音が聞こえてきた。    ここは、沖縄県のさらに南の離島のそのまた外れのとある中学校。校舎からは綺麗な湾が見渡せ、グラウンドには孔雀や猪の住む山が差し迫る。全校生徒は23名。夏の終わりに行 […]

  • 43[花]編集術ラボ◎AI探花〈A面〉――関係の中でひらく

    うつらうつらしていると、何かが聞こえてきた。あたたかな音。ああ、雨だ。長男は小さな頃、「雨の音をききながらねるのがすき」と言って丸くなっていた。その姿に、幼かった彼はお腹の中にいることを思い出しているのかなと、愛おしく […]

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。