肌感覚――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#01

2023/10/26(木)15:15
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 肌で受ける感覚は、目で見ることと同じくらい、いやそれ以上に私たちの記憶を刺激する。陽のひかりと秋風は柔らかく混じり合い、優しく肌を撫でる。庭のシュロチクと石垣を這うピパーツが揺れながらあたりに一面に緑のグラデーションを発光させる。門扉を挟んで右の石垣に視線を移すと、オオゴマダラ(日本最大級の蝶)の食草「ホウライカガミ」の蔓が、ゆく先を探していた。肉厚で楕円状の葉は、オオゴマダラの幼虫に食べられ、ところどころ大きな穴が空いていた。庭に植えた最初の年に、葉を食べられすぎて蔓だけになり、危うく枯れそうになったことを思い出す。今は、どれだけオオゴマダラが飛来し、卵を産みつけてもらっても大丈夫そうだ。

 草も木も夏の疲れが癒え、勢いを増す季節、南国石垣島にはやっと秋らしい季節がやってきた。

 

石垣を這いながら蔓をのばすオオゴマダラ幼虫の食草「ホウライカガミ」

 

 今日(10月22日)の石垣島の天気は、強風、最高気温27度。体感気温では29度だ。私のスマホの天気アプリには、これまで訪れたことのある地域や親交のある知人が住んでいる地域が登録されている。何気なく画面をスクロールさせると…、「!」。滋賀県、13度。こ、これは、石垣島の真冬より寒いのでは…。

 

   平均 最高   最低     平均 最高  最低

1月 18.9(21.5←→16.7) 7月 29.6(32.2←→27.7)

2月 19.4(22.0←→17.2) 8月 29.4(32.0←→27.7)

3月 20.9(23.7←→18.6) 9月 28.2(31.0←→26.0)

4月 23.4(26.0←→21.3) 10月 26.0(28.8←→23.9)

5月 25.9(28.7←→23.9) 11月 23.6(26.2←→21.5)

6月 28.4(30.9←→26.6) 12月 20.5(23.0←→18.4)

   石垣島(沖縄県)平年値(気温) 気象庁hpより

 

 ちょうど2年前のこの季節に、チームを共にした小さき巨人である師範の顔が、ふいに浮かぶ。

 

 私たちは、いつの時代に、誰の元に生まれ、何処に住むかという舞台が用意されている。そこでどのように生きるかは、その舞台の主人公である「わたし」が、何を感じ、どのような問いを抱いていくかによるのだが、多くの場合、ヒトとモノとコトとの関わりの中で様相を大きく変化させ、「わたし」も想像しないような物語を紡いでいくことになる。

 2年前、訪れたこともない滋賀県に住んでいる師範と出会った。最初の交わし合いは、ISIS編集学校のエディットカフェの中だった。滋賀県近江に住む師範は、華奢な身体に大きなモンスターを飼っており、私のどんな振る舞いも嘆きも要望もペロリと受容し、創発をおこしてくれた。ヒトとの出会いが「わたし」を動かし、真似たい背中を追いかけ物語はさらに奥へと進むことになる。

 そんな師範が目にしているモノ、肌で感じるコトは何なのだろうと考えた時に、ここ石垣島にはない、大きな湖が場所として浮かび上がってきた。海に囲まれた日本にありながら、さらに外側を海に囲まれた石垣島と内側に水域を抱える近江。どちらも人類に欠かせない水(海水と淡水の違いはあるが)を身近に感じながらも、場所に込められた記憶は、様相を画するのだろう。もちろん緯度が離れれば、肌に届く陽の光も頬を撫でる風の厚みもきっと全然違う。日照時間も違えば、そこで生きる動植物も違う。言葉も変われば、積み重ねた歴史も…。

 

 愛着がある場所での記憶は、どんなに距離が離れていても、木々のざわめきや陽の翳り方、執着したものや懐かしさといった些細なトリガーで全身を通過するように鮮明に蘇る。そんな互いのトポフィリアを交換することで、あらたな場所(教室)が築かれていくことを、季節の変わり目と共に肌が思い出した。

 

 先の第82回感門之盟「エディットデモンストレーション」の冠界式にて、52[守]登板予定の師範代は、松岡校長とのインタースコアによる教室名を授かった。晩夏から秋にかけ、まだ見ぬ教室に宿った名を育みつつ、開講を迎えるために編集筋を鍛えてきた。開講直近。そんな季節感も近江の師範を思い出す鍵となったのだろう。

 

 52[守]に登板する私の教室名は、白墨ZPD教室。教室の扉はネット上にある。硬質なパソコンの画面は、未だ見ぬ学衆さんをこがれ温度を変え、新たな場所へつながる地図作りを始めている。ここにない日差しも風も匂いも、ホウライカガミの蔓がゆく先を求め勢いを増すように、編集力を加速させる装置となる。見える見えないを抜きにした、感じられるヒトやモノやコトに乗り換えながら、変容する物語を石垣の隙間から綴っていこう。


<石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記 バックナンバー(全7回)> 

肌感覚――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#01

変換――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#02

ピンクの猿――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#03

にんじんしりしり――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#04

飲み込む――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#05

夢の共有――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#06

線の冒険――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#07

 


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日程:2023年10月30日(月)~2024年2月11日(日)
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  • 大濱朋子

    編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
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作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。