3人の文豪が咲かせた百合――佐藤雅子のISIS wave #54

2025/08/26(火)07:54
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

基本コースの[守]を終えたばかりの佐藤雅子さん。佐藤さん一家が守るのは、神武天皇の伝承の残る古社・等彌(とみ)神社です。その神社で30年以上続いている「大學百合祭り」の歴史と展示を、編集的視点で紹介してくれました。

 

■■「アドヴァンテージは誰のもの?」

 

 夏になると、奈良・桜井の等彌神社の境内には、真っ白な百合が咲き誇ります。「それを愛でましょう」という思いから始まった私祭「大學百合祭り」は、毎年8月に行われ、昭和62年より30年以上続いています。


 この百合は、3人の作家の縁が咲かせているのかもしれません。

▲毎年8月に花を咲かせる白百合。


 等彌神社は、神武天皇の伝承の残る古社で、『延喜式』(平安時代中期)にその名が見えます。奈良・桜井生まれの評論家・保田與重郎(1910~1981)は、当社の氏子のひとりです。保田は等彌神社の歴史的な重要性を認め、戦中に書かれた『鳥見のひかり』の中でも触れています。

▲奈良・桜井市の等彌神社。ここでエディットツアーも開催された

 

 詩人の佐藤春夫(1892~1964)が当社を訪れたのは、昭和38年のこと。保田與重郎の縁でした。ところがその翌年、佐藤春夫は急逝します。そののち、この詩人を偲んで、当社境内に句碑が建立されたのですが、その序幕式に列席したのが、詩人の堀口大學(1892~1981)でした。佐藤春夫の親友である彼は、除幕式で涙したと伝わっています。さらにその後、堀口大學の句碑が、当社境内に作られました。前宮司が御礼にと、堀口大學の葉山(神奈川)のご自宅へ伺った際に頂戴したのが、百合の種でした。

 そうです、あの百合です。保田與重郎→佐藤春夫→堀口大學という不思議な縁で結ばれた三間連結が、百合を咲かせていたのです。

▲境内の大學の句碑「草もみじ 友の声かと 虫をきく」。友とは佐藤春夫のこと。


 等彌神社に縁のある3人の文学者。この三位一体を生かせないものかと、昨年2024年より、「大學百合祭り」の期間中、「文豪3人展」と銘打って、3人の本はもちろん、手紙や書の額等の展示を社務所で行っています。

 今年は、堀口大學の翻訳詩集『月下の一群』の刊行100年という記念すべき年です。そこで、大學翻訳の詩集、物語等を中心に陳列することにしました。実はそのひとつとして、松岡正剛校長の千夜千冊『月下の一群』のコピーと、同作を収録する『千夜千冊エディション 源氏と漱石』(角川ソフィア文庫)を展示します。

 これは53[守]の学衆(進塁ピーターパン教室)だった娘・奈都子のアイデアです。松岡正剛事務所の方にもご快諾いただき、保田與重郎→佐藤春夫→堀口大學→松岡正剛、ともうひとつ、不思議な線を引くことができました。

▲「文豪3人展」の模様。8月18日前後より9月中旬頃まで開催予定。


 私も、娘に影響され、55[守]で学びました。

「[守]を受講して、日本語の表現の豊かさを感じ、思考が180度変わった」と喜ぶ娘に、半信半疑だったのですが、[守]を終えてみて、私自身も今まで感じたことのない「言葉の持つ力」を感じるようになりました。

 例えば、堀口大學のこの詩。「挑戦状」という最晩年の詩です。

「挑戦状」

M・Oさんに

 

あなたは今年十九歳
短大二年の花乙女
軟式テニスの名選手

 

僕は来年九十歳
与門大學老詩生
軟式ポエムはお手のもの

 

スピンの利いたこのサーヴ
バックラインで受け止めて
ドライヴかけて打ち返えせ

 

アドヴァンテージは誰のもの?

 

(堀口すみれ子『虹の館 父 堀口大學の思い出』かまくら春秋社より)

 

 堀口大學が亡くなる1か月前、葉山の自宅を訪れたテニス部の女子短大生に贈った詩です。短大生から「一緒にテニスをしましょう」とラケットが届き、それが嬉しくて作った詩だそうです。
 最後の一文、《アドヴァンテージは誰のもの?》は、これまで意味が掴めませんでしたが、最近、19歳をはぐらかすことなく、ひとりの女性にしっかり向き合っているということでは? と気づきました。ここには、大學先生の「粋」や「豊かさ」、「大らかさ」が表れています。

 

 本を開くと、文豪3人の言葉は今も生きていました。

▲佐藤春夫の句碑の隣に、自分の句碑が建つことを喜ぶ大學の手紙。境内に石碑として残る。

偶然を必然にしていくのが編集ですが、保田與重郎→佐藤春夫→堀口大學という三間連結が白い百合に結びついたのは、偶然というより奇跡に近いものでしょう。そしてそこから生まれた「大學百合祭り」と「文豪3人展」。佐藤雅子さんは[守]での学びによって、いままで通り過ぎていた「偶然」や何気ない「言葉」からも、意味を発見しつつあるようです。


文/佐藤雅子(55[守]花相コロニー教室)
写真/佐藤奈都子(53[守]進塁ピーターパン教室)
編集/チーム渦(角山祥道)


 

◆イシス編集学校 第56期[守]基本コース募集中!◆
稽古期間:2025年10月27日(月)~2026年2月8日(日)
詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/course/syu

コメント

1~1件/1件

川邊透

2025-09-02 09:55:55

川邊透

2025-09-02 09:55:55

百合の葉にぬらぬらした不審物がくっついていたら見過ごすべからず。
ヒトが繋げた植物のその先を、人知れずこっそり繋げ足している小さな命。その正体は、自らの排泄物を背負って育つユリクビナガハムシの幼虫です。

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。