『ケアと編集』×3× REVIEWS

2025/06/14(土)08:00
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松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。
さて皆さん、とつぜんですが疲れてはいませんか? 異常気象に対人ストレス、デジタル疲れ……。現代病に特効薬はありませんが、心と体の「弱さ」は編集のパワフルなトリガーになります。弱さを軸にすれば、ケアの世界と編集稽古は驚くほど似ている。今回は〈ケアをひらく〉シリーズの名編集者、白石正明氏による初の著書、その名も『ケアと編集』を取り上げます。


 

〝「傾き」への肯定〟で3× REVIEWS

 

3× REVIEWSのツール・ロール・ルール

◆本:『ケアと編集』(岩波新書)

◆読み手:高田智英子/吉居奈々/羽根田月香

◆ルール:1冊の本を3分割し、それぞれが担当箇所だけを読み解く

 

1st Review

Ⅰ いかにして編集の先生に出会ったか

Ⅱ  ズレて離れて外へ

「問題」に別の光を与える

    • 「弱さは克服すべきものじゃなく、存在の『傾き』として不意に輝きだす」と著者は言う。精神障害者が暮らす「べてるの家」では、幻覚妄想をネタに苦労体験が交わされる。生活技能訓練でも、事件や弱さを打ち明け、対処法を探る。弱さを治す、克服するのではなく、受け入れる。仲間との対話は対処法の特徴をあぶりだし、「こうも考えられる」と見方を広げる。対処法が目から鱗で塗り替えられる。ケアは他人のものさしで決めるものではない。ケアされる側の成長を信じ、今困っていることに関心を向け関わることではないか。弱さで人とつながり、さらに生きやすく自分を編集する方法がつまっていた。(43[花]錬成師範・高田智英子)

2nd Review

Ⅲ ケアは現在に奉仕する

Ⅳ ケアが発見する

  • 出口を目指さない
    編集学校で最初に編集術を教えてくれる師範代(コーチ)が、「いつでも非常口はある」というようなことを言っていた。年々、この言葉を思い出す回数が増える。本書の著者はホームヘルパーと編集者が似ているという。多様な人と伴走する点において。正道から外
    れた「傾き」に対して、美点だと思えるよう前提を変える行いを必要とする点において。「ケアは“やり方”ではなく、“場所”を問うのではないか」と著者はいい、編集の核心が座づくり(あるいは座探し)であると示唆する。座はゴールや成果を生み出そうとしては見つからない。ただ目の前の可能性を信じたり、感じたりするときに拓かれる。きっとそれは、出口を目指さずに、緑色に光る非常口を見つけるようなことなのだ。(チーム渦・吉居奈々)
  • 3rd Review

Ⅴ 「受け」の豊かさに向けて

Ⅵ 弱い編集――ケアの本ができるまで

あとがき

      • ただ、そこに、いる
        20数年前、まとわりつく水の底から青空を見上げたような、不思議な読後感に陥ったことがある。川口有美子氏の『逝かない身体』を読んだ後のことだ。同書が白石正明氏の編集によるものだったと今回初めて知り、あの読後感が「ケアを編集する」ことから生まれていたと知った。「ケア」とは、その人の持って生まれた傾きを《図》とし、傾きのまま生きられるよう背景《地》を変えることだと白石氏は説く。そうして編集してきた『逝かない身体』や『坂口恭平 躁鬱日記』を例に、人や場を受け身で受容する「弱い編集」について詳らかにする。その極意が即座に分かるといった即効性は、本書には無い。核心の周辺をたゆとう筆致すらもケアであり、あの時と同じ、いつしかケアされていたような読後の不思議に気づく。(チーム渦・羽根田月香)


『ケアと編集』

白石正明著/岩波新書/2025年4月18日発行/1056円

 

■目次

Ⅰ いかにして編集の先生に出会ったか

 1 ケアとは

 2 べてるの家との出会い

 3 編集の先生

Ⅱ ズレて離れて外へ

 1 問いの外に出ざるを得ない人たち

 2 分母を変えるのが編集

 3 吃音者は分母を変えて生きていく

 4 面と向かわない力

Ⅲ ケアは現在に奉仕する

 1 ケアと社交

 2 消費と浪費と水中毒

 3 今ここわたし

 4 ナイチンゲールを真に受ける

Ⅳ ケアが発見する

 1 原因に遡らない思考

 2 手を動かすより口を動かせ

 3 同じと違う

 4 いつも二つある

Ⅴ 「受け」の豊かさに向けて

 1 蘭の花のように愛でる

 2 受ける人

 3 いい「波」はどこから来るか

 4 受動性と偶然性

Ⅳ 弱い編集――ケアの本ができるまで

 1 山の上ホテルのペーパーナプキン――中井久夫・山口直彦著『看護のための精神医学』

 2 魔法と技術のあいだ――本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ著『ユマニチュード入門』

 3 弱いロボットの吸引力――坂口恭平著『坂口恭平 躁鬱日記』、岡田美智男著『弱いロボット』

あとがき

主な参考文献

 

■著者 Profile

しらいし・まさあき/1958年、東京生まれ。青山学院大学から中央法規出版を経て1996年に医学書院入社。1998年に雑誌『精神看護』を、2000年に〈ケアをひらく〉シリーズを創刊。同シリーズは50冊を数え、川口有美子『逝かない身体』が大宅壮一ノンフィクション賞(2010年)、熊谷晋一郎『リハビリの夜』が新潮ドキュメント賞(2010年)、六車由実『驚きの介護民俗学』が日本医学ジャーナリスト協会賞(2013年)、國分功一郎『中動態の世界』が小林秀雄賞(2017年)、東畑開人『居るのはつらいよ』が大佛次郎論壇賞(2019年)、鈴木大介『「脳コワさん」支援ガイド』が日本医学ジャーナリスト協会賞(2020年)を受賞。シリーズ自体も2019年に毎日出版文化賞を受賞した。2024年3月に定年退職。初の著書を上梓し、既存の価値観をくるりと覆す「弱い編集」を実践し続けている。

 

出版社情報

 

 

いかがでしたか? ケアの漢方薬で今夏も乗り切りましょう!

 


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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。