何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

今回、摺師として登場した方は、御年88歳の現役摺師、松崎啓三郎さんだそうです。西村屋との実力の差をまざまざと見せつけられた歌麿と蔦重。絵の具や紙、摺師の腕でもなく大事なのは「指図」。「絵師と本屋が摺師にきちんと指図を出せるかどうかで仕上がりがまったく変わってしまう」と聞かされ、また実際に「絵の具は少なめに、板にムラ無くしっかり擦り込む」と指図することで、出来上がりに差ができることを目の当たりにします。「絵師と本屋の指図」。ここから絵師・歌麿と本屋・蔦重の修行が始まりそう…と言いたいところですが、出だしは随分と苦難続きの模様。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第二十一回「蝦夷桜上野屁音(えぞのさくらうえののへおと)」
越えるべき山の高さよ
一つの山を登りきると、また向こうに新たな山脈が見える。狂歌という題材を得て、水を得た魚となるかと思いきや、錦絵が売れず、それどころか、あれほど蔦重にたかっていたはずの北尾政寅が、なんとライバルの鶴屋で戯作を書いてそれが評判記の第一等になる。そう、ここでもまた鶴屋という本屋の「指図」があればこそのヒット作の誕生でした。
一方、田沼意次の前にもまた新たな山が。頑固意地悪爺にして、最後は腹を割って話せるようになった松平武元を超えて、一橋治済が真の悪役かと思いきや、その上をいきそうな松前藩主・松前道廣が登場しました。ここから蝦夷地をめぐる暗闘が始まるのでしょうか。おまけに田沼意知には、ちゃっかり花魁の誰袖(たがそで)がスパイをするから身請けしろと迫る。あちらにもこちらにも暗雲たちこめる回のように見えて、それを吹き飛ばしたのがお兄ちゃん・次郎兵衛の「屁」でした。…え?
歌麿を売り出すために蔦重が戯作者や絵師、狂歌師を招いて設けた宴席で、恋川春町が大トラになります。政寅が売れっ子になったのが気に食わない。よむ狂歌、よむ狂歌、どれもそこにいる狂歌師たちの名前を読み込みながら皮肉った歌で、酔いながらよくもここまで、と思わずにいられません。
今日出ん(京伝)と女にもてぬと焦りける 人の褌ちょいと拝借
四方の赤 酔った目利きが品定め 岡目八目囲碁に謝れ
気散じ(喜三二)と 名乗らばまずは根詰めろ 詰めるも散らすも 吉原の閨
京伝=政寅には人の作風をまねるんじゃねぇと言い、その政寅の戯作を一等にした四方赤良(=大田南畝)には酔って評判記書くんじゃねぇと、そして止めに入った朋誠堂喜三二には女遊びばかりしてるんじゃねえぞ、と、まぁ、こういうことでしょう。
とはいえ、大暴れというのはいかがなものか。その怒りが頂点に達したところで、次郎兵衛さんのお尻から何やら異な音。それをきっかけに「屁」尽くしの狂歌で踊り狂う人々。さっきまでの真剣なやりとりは何だったのだろうか、と、これじゃ、春町先生が筆を折りたくなるのもわからないでもありません。
人をつなぐ場をつくることが仕事の本屋としての蔦重のほろ苦い出発とあいなりました。
いろあわせ
指図という言葉の大切さを目で見せてくれた摺師に注目してみると、梶よう子の摺師安次郎人情噺のシリーズを読み返したくなります。べらぼうの時代からは少し後、天保の改革のまっただなかの江戸で摺師を営む安次郎は、妻を産褥で亡くし、生まれたばかりの信太を妻の実家に引き取ってもらい、ひとり暮らし。おまんまの食いっぱぐれがないと言われるほどの見事な仕事っぷりから「おまんまの安」と呼ばれる安次郎には、長屋の人々や、職場の摺長の長五郎親分、行きつけの赤提灯の女主人・利久など、柔らかく包み込む仲間がいます。そしてなんといってもおっちょこちょいながら安次郎の一番弟子を名乗る直助が、さまざまな事件を持ちこんでは安次郎の日々を彩ります。
第一作の『いろあわせ』は各話のタイトルに、摺の技法を折り込むというしゃれた構成。例えば第四話のタイトル「からずり」には、こんな解説がついています。
【からずり】紙に無色の凹凸をつける。版木には絵の具をつけず、強く摺ることによって、版木に彫られた形を紙に写しとる。型押しの技法。
梶よう子『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』
利久の元・夫で、島流しにあっていた庄三郎が江戸に戻ってきたのはいいのですが、どうも利久につきまとっているように見える。けれど、それは利久を守るためとわかった時には、庄三郎は殺されてしまいます。その懐から出てきた潮見坂の雪景色を描いた風景画は、利久と庄三郎の思い出の場所を描いたもの。
「あたし……庄さんのなにを見ていたのでしょう。庄さんは、この画の雪のようにすべてを覆って、なにも見せてくれなかった気がしてならないんです。ただ、真っ白でなにもなくて」
安次郎は、静かに首を振った。「色目がないから、白というわけではないのですよ。白という色があるのです。ただそれは、見えていても、見えていないように思えるのかも知れませんね」
梶よう子『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』
亡八衆の親父さんたちの圧力で政寅が蔦重の仕事をすることになり、歌麿は一歩後退したように見えます。しかし、その政寅の師匠の絵師・重政をして「駆け出しの絵をたくさんみて、その落ち着く先の画風も大体見える。けれど、歌麿はよめない」といわしめた歌麿は、白という「色」を獲得したようにも思えるのです。才能がないから見えないわけではない。どんな色ものる才能こそが歌麿の持ち味。型押しから、極彩色への出発点となったでしょうか。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十一
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八(番外編)
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その五
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
お腹の調子が悪ければヨーグルト。善玉菌のカタマリだから。健康診断に行ったら悪玉コレステロールの値が上がっちゃって。…なんて、善玉・悪玉の語源がここにあったのですね、の京伝先生作「心学早染艸(しんがくはやそめくさ)」。で […]
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十六(番外編)
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「酷暑」という新しい気象用語が生まれそうな程暑かった夏も終わり、ようやく朝晩、過ごしやすくなり、秋空には鰯雲。それにあわせるかのように、彼らの熱い時もまた終わりに向かっているのでしょうか。あの人が、あの人らしく、舞台を […]
「…違います」「…ものすごく違います」というナレーションが笑いを誘った冒頭。しかし、物事すべてを自分に都合のよいように解釈する人っているものですね。そういう人を「おめでたい」というのですよ、と褌野郎、もとい定信様に言い […]
正しさは人を支える力であると同時に、人を切り捨てる刃にもなる。その矛盾は歴史を通じて繰り返され、社会は欲望と規制の往復のなかで生かされも殺されもしてきた。螺旋するその呼吸をいかに編集し、いかにズラすか――そこにこそ、不 […]
コメント
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2025-10-02
何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
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2025-09-30
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2025-09-24
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