何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

エッジの効いたセンサーで即座に隙をつき、電光石火のごとく場に現れる。7期連続花伝師範をつとめる岩野範昭の眼光は偏奇を愛でつつロックでパンクだ。41期を迎える花伝所は式目を大幅に刷新し、口傳の編集奥儀に磨きをかける。背負ってたつ花伝師範は五人。NPOとIT、密談と前線、北方にPUNKフェチ。花目付の平野しのぶが、しろがね道場岩野のこだわりをきいた。PUNKとファッションを重ねるのは、むらさき道場の長島順子錬成師範。
◆もしPUNKがなかったら
(平野)いよいよパンクですね。事前課題映像の37[花]入伝式の校長講義からブーツストラップされたところをぜひ共有してください。
(岩野)ジョニー・ロットンが松岡校長の言葉として表れてセンサーがフル稼働しました。ローティーンのわたしへ一瞬で呼び戻すアイコンでしたから。レコードを取り出してターンテーブルに針を添えた時に心と身体を揺さぶられる、あの頃の感覚ごと蘇りました。
(平野)イギリスのミュージックシーン、ジョニー・ロットンですか。
(岩野)ジョニー・ロットンは Sex Pistolsのボーカル。本名ジョン・ライドン。パンク好きが通過するシンボル的存在です。デザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドとパートナーのマルコム・マクラーレンが生みの親で仕掛け人。ピストルズのファーストアルバムはパンクス必聴のアルバムでした。今でもデザインとワーディングはメタフォリカルに使われてますね。
(平野)あの頃の感覚というと、70年代後半から80年代のことですね。
(岩野)特に80年代の札幌は駅裏8号倉庫というアンダーグランドのトポス的な場があって若者文化に影響を与えていたんです。パンクロックは逸脱と異質と別様をもたらすトリガーのひとつ。衣を着替えたらパンク色に身体と心が染まってくる感じ。実際、今でも当時の音楽を聴くと鳥肌がたって反骨精神や情動が呼び起こされます。わたしも触発された一人。音をトリガーに自身を奮い立たせることもありますよ。PUNKに北方の独自文化を照射して編集工学的に捉えようとおもっています。
(平野)北方は開拓の歴史とともにアイヌの文化もありますし、ユニークです。日本のパンクといえば傾奇。前衛は、文化にまで波及していますね。
(岩野)傾奇者といわれる人々です。フラジャイルに溢れた存在で、濃淡はあるが誰もがその要素を分母に持っていて。音楽やファッションというカテゴリーだけではなく遍在してる<型>だと思います。境界や縁に居るネットワーカーでもあり、創をつくっていく存在でしょう。先日近江アルスがあった草月会館、いけばなや茶道も前衛に始まりました。
◆ヴィヴィアン・ウエストウッドを語る
(平野)今期の花伝所でファッションといえば長島師範、ヴィヴィアン・ウエストウッドといえばPUNKの女王です。校長も彼女の影響をずいぶんと受けていると公言してますね。
(長島)着替えてつくるパンクを生みだしました。ガーゼシャツのような、ジョン・ラインドンが着ていたパンクっぽいものだけでなく、ヴィヴィアンがデザインした服そのものがパンクを表象するようになっていきました。なにかを着るということが他者に対しても自己向きにも存在を編集していたんですね。
(長島)エリザベス女王の唇に安全ピンを刺したTシャツ、骨でかたどった ’ROCK’の文字がネーション・ステート、スタグフレーションのロンドン、ユルいヒッピー・ムーブメントに反逆する声明になりました。ヴィヴィアンは世界を摩耗させる当時のエスタブリッシュメントに心底辟易し、その怒りを大好きな服で表象したのでしょう。
胸の’I hate pink floyd’プリントなんて、めちゃめちゃ挑発的です。服に「いやだ!」と絶叫させて反モード的自己を惹起した。ただ、ヴィヴィアンの思想を真に理解して「Seditionaries」の服を身に纏った若者は少なかったようです。
(平野)ヴィヴィアンの傾奇ぶりには興味が湧きます。
(長島)ロンドンのキングズ・ロード430番地に今もあるヴィヴィアンのブティックは「Worlds End(世界の縁)」です。猥褻だと起訴されてもBBCに放送拒否されても、彼女はずっと傾奇つづけたんですよね。幾度も改名した店名にパンク・ロックの精神を染め抜いて、ボンテージのストラップやジッパーを美しい性的シンボルにブリーチしました。
体制に抵抗し続けるあたり、相当強い女性に見えますが、「私はあまり賢くないから…」と言ったりもする。でもそのフラジリティを、彼女は歴史をひらく原動力にしていたんです。
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の服飾展示を熱心にスケッチしたり、80年代に発表した「ミニ・クリニ」は19世紀中期のクリノリン・スタイルに肖ったものです。太いストライプは当時の流行柄…とか、言い出したらキリがないくらい。余談ですが、リー・アレキサンダー・マックイーンは、精神的にも服作りの編集方針も、かなり影響を受けていると思います。
◆モードをつくる
(平野)わたしも高校生の頃、黒いワンピースを求めました。どこか主張があるフォルム、無意識にインタースコアしたのかもしれません。岩野師範がPUNKを方法という視点でみると、どんな風にみえますか。
(岩野)パンクで向かうというモードをつくってくれる存在です。投げ出された存在である我々は先行性のなかで何かを掴むが、”突き詰める”を導く<数寄>は大事な編集のトリガーでしょう。編集的自由に向かう強力なエンジンにもなっています。
(平野)ファッションは身にまとうものですし、着替えの編集には即効性がありますよね。前衛とパンク。文化をつくっていく原動力には欠かせないものなのでしょう。翻って、岩野師範はなぜ花伝所なのですか。
(岩野)守も破も物語も魅力的。編集的自己に立つと、エディットの入り口と出口が異なるだけで、各講座はどれも同じくすこぶる痺れます。乗り換え・持ち替え・着替えの違いというのかな。その中で、編集学校と編集術をオムニシエントに見渡せて、かつ編集工学的にも掴みやすいのが花伝所です。メタな視点です。また師範代という方法は、ラディカルに世界を変える端緒になると考えます。僕は発生の場に立ち会いたいという思いがありますし。
◆ノイズやカオスも編集の起点
(平野)発生の場。生命の原初、発声・生成もキーワードになりそうですね。道場でのふるまいや、こだわりのパンクと編集学校を繋ぐエピソードなど教えてください。
(岩野)地道な努力をコツコツしてステージでは本音と本気で弾けていくようなバンドに惹かれます。なので、さしかかった時に起こるノイズやカオスも編集の起点として積極的に受け入れるというカマエ。また、機をみて、スピードと深さを一挙にあげたりさげたり、緩急を織り交ぜたりもします。
松岡校長の「攻めるならパンクか数理哲学」っていうのも奮い立つ言葉なんですが、惜門された冨澤道匠との立ち話しも時折り想起します。「編集学校にはパンク好きが集まってくるんですよね」というフレーズで、自分の宝物です。編集道を進むにつれ、その理由もよくわかってきました。パンクがあって痺れてそして編集学校に辿りついた。たまたま私はパンクの文脈に居ましたが、千夜千冊の全読譜分の世界が広がって待ち受けているのが編集学校だとおもいます。
(平野)学ぶことは想起すること、でもあります。長島師範もPUNKxFashion数奇にかけて、ひと言どうぞ。
(長島)41[花]では服から編集的自己を立ち上げる、なーんて表象もしてみたいです。反モードにもいろんなスタイルがありますからね。それぞれの「好き」や「スタイル」を服の意匠に読み替えてアウトプット、編集エンジンの加速実験を企んでいます。編集で厭世をぶち壊したいならヴィヴィアン、モノクロームなグランジに寡黙な反骨自己をチラチラさせたいならヨウジ、とかね。
今期しろがね道場には、熊本からPunkを愛するドラマーが入伝する奇縁が生まれている。岩野パンク劇場、北方にあり。どんな師範代を世界に放出するのだろうか。入伝生Kの動向にも目が離せない。
文 岩野範昭、長島順子
アイキャッチ 平野しのぶ
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