何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

「このエディションフェアがすごい!」シリーズ、第21弾は平安堂長野店。フォトレポートを届けてくれるのはイシス編集学校師範代の福田恵美さんです。フェア開催期間は8月1日まで。
◇◇◇
長野駅前のながの東急百貨店別館シェルシェ内「平安堂長野店」、実は松岡正剛とのご縁の深い書店でした。2004年には「松岡正剛の千夜千冊の世界~おもかげの国・日本」フェアも開催され、また2006年に発売になった求龍堂『千夜千冊』豪華本シリーズには
■生きていくことが困難な現代に、「書物のもつ力」を再認識させてくれるに違いないと確信している。
― 平安堂長野店 小峰果林
と推薦を寄せて頂いていました。
今回のフェア開催をお願いしたところ、二つ返事でお引き受け頂けたのも納得です。フェアが始まって一週間目、取締役の長崎さんにお話を伺いました。
♪ ♪ ♪
●長野は書籍愛&地元愛
長野は全国でも書籍購入額の多い県(全国平均比107%)と言われます。また出版王国でもあり、岩波書店、ちくま書房、みすず書房などの創業者を輩出していることでも知られます。戦争中の企業疎開で、水のきれいな長野に印刷会社が多くやってきて、定着したことも出版が盛んな一因でしょう。
とにかく信州は地元の出版物が多い。平安堂でも地元の本がよく売れます。県民手帳が日本一売れる県でもあり、その県民手帳を最初に市販したのが平安堂。そんな話は枚挙に暇がありません。書籍愛と地元愛がとにかく強いのが長野県です。
●『騎士団長殺し』殺し事件が勃発
こんな話があります。
2017年村上春樹さんの『騎士団長殺し』が出版されたとき、全国の書店では瞬く間にランキング1位になりましたが、長野だけは違いました。ポプラ社『ワインガールズ』がトップを奪ったのです。
これは実話をもとにした物語で、塩尻の塩尻志学館高校にある全国でも珍しいワイン醸造科、その高校生のワインがコンクールで受賞を果たしたこと。でも実は第二次世界大戦中軍事用にワイン生産が奨励されたというワイン裏面史があり(ぶどうに含まれる酒石酸がワイン醸造の過程で酒石として採取され、それが水中聴音機に必要とされた)、過去と現在を行き来する本になっています。これが平安堂の週間ランキングでは『騎士団長殺し』を抜いて1位となったため、ダ・ヴィンチニュースでも取り上げられ、「『騎士団長殺し』殺し事件」として全国的にも話題になりました。長野県民の地元愛がこんなところにも、とにんまりした出来事でした。
●GHQもびっくり
平安堂のお客様には、岩波の本が出たら全部買う、という方が何人もいらっしゃいました。また、戦後GHQが赤狩りの時代に教員の家宅捜索をした際の報告に、「どの家にもライブラリーがある」。家に図書館を持つのが当たり前って、どんな国民なんだ、とびっくりされたとか。本を大事にし、議論好きなのが長野の県民性。平安堂は昭和2年に創業し、そうした長野県民に寄り添ってきました。読者と書店が互いに互いを育てあう、幸せな書店であったと思います。
●なぜフェアを引き受けたか
書店業界は1996年にピークを迎え、以降ずっと縮小の一途をたどっています。2000年代(2000-2009)、書店はどこも、「それまでのような成長はない」という現実を突きつけられ、「創造的自己否定」にあえぎました。
われわれも他店に先んじて、
・文庫の著者別陳列を実現(大手チェーンでは日本初でした)、大手出版社からはやめてくれと泣きつかれましたが、断行しました。
・新書もカテゴリー別陳列にトライしました。これはなかなか難しかった。かえって探しにくいとのご指摘を受け、元に戻しました。
・歴史関連はクロスオーバー陳列にしています。歴史に関する本は、文庫、文芸書、人文書、ムックなどひとところに集めています。
・本を一冊一冊自分たちが選ぶ「自主MD」にも取り組み、取次の見計らい送品をやめ、また自社定番を育てていきました。
そこへ2009年10月に松丸本舗ができた。「これだ!」と思い、何度も足を運びました。千夜千冊フェアもさせて頂きました。そんなご縁があったので、今回お話を頂いて、「断る理由がない」。「本屋としてはやらなくてはいけないフェア」だと思っています。
●時計が再び動き出した
「松丸本舗は2012年に惜しくも閉店。その時から私の中の松丸本舗は止まっていました。松丸本舗のミームはいろいろな書店に受け継がれたと思いますが、平安堂も同じころから合理化が進み、「売り場づくり」より「在庫削減、仕入れ抑制」が優先されていました。
その後経営的には安定し、今このフェアのお話を頂いて、「失われた時をとりもどしたい」という思いを持ちました。「新しい取り組みをやろう」という気持ちにさせてくれたことに、感謝しています」。
長野駅の真ん前に、ながの東急百貨店があり、その別館シェルシェに平安堂が入っています。
エスカレーターを上がると2、3階が平安堂。
「本屋大賞」「ブックツリー」と本好きを引き付ける工夫が様々に展開されている
これですね! 出版社別にせずに文庫は「著者別」で五十音順。これはありがたい。
でかっ!「信州の本」コーナー。諏訪学など長野ならではのコーナーもありました。
「『騎士団長殺し』殺し事件」の、この一冊。今も人気です。
あとがきの謝辞には長崎取締役のお名前もありました。
松岡校長がびしっと。「はよ本読まんかい」とどつかれている気も…
コーナー全景。
ポスターを効果的に使っていただいています!
エディションと校長本、関連本がびっしり並びます。
選書もちょっとお手伝いさせていただきました。
ダンテが3冊まとめて売れていました。さすが!
さりげにイシス編集学校紹介も。長野組が増えますように。
そうして6月26日からフェアが始まり、1週間。朝一番で平安堂長野店を訪れましたが、フェア棚の前でじっと本を見る男性の姿。関心をもって眺められているようです。
副店長の熊谷さんに伺いましたら、「まだ1週間ですが、反応は上々です」。一番売れているのは『華氏451度』。そして『ユーミンの罪』『知の編集術』『ブッダたちの仏教』と続きます。なんとダンテの『神曲』地獄変、煉獄編、天国編も売れていました。
長崎さんと、副店長の熊谷さんに「お勧めエディションは?」を伺ってみました。
●長崎さん 『少年の憂鬱』
松岡さんの千夜千冊は、普通の批評とは違う視点で書かれていて、答え合わせの楽しみと再発見があります。本書は、ノスタルジーを感じつつ、過去にタイムスリップしながら新しい発見をする、そんな一冊でした。
●熊谷さん 『宇宙と素粒子』
理由は「好きなジャンルだから」です。千夜千冊は、親戚のおじさんに教えて貰っているような、それから「あとは自分で調べなさい」と言われているような、そんな気がします。エディションは、本を読むことを促す本ですね。
『少年の憂鬱』『宇宙と素粒子』、お気に入りの本をもって校長と3ショット。
平安堂さんのお話を伺っていると、ここ30年の経済合理性が優先される時代における、書店の格闘の軌跡を垣間見る思いでした。「うちはTSUTAYAさんとは、ある意味すみ分けができています。雑誌やコミックを求めるお客様と読書家の違いとでも言うのでしょうか。Amazonが最大の競合になって、この流れに後戻りはないでしょう。でもAmazonのレコメンドだけでは知の領域が細っていく。平面的な広がりだけではない奥行き感、そして偶然の出会いや手触り感が絶対に必要です。それがリアルな書店の力だと思います」。
インタビューを終えて、平安堂さんの中をうろうろしていたら、知人にばったり。フェアコーナーに連れて行って、あれこれおすすめ。松岡正剛をまったく知らなかったその知人がどんなふうにエディションフェアに興味を持ってくれるのか。そんな心配をよそに、クレーの本や『才能をひらく編集工学』のブックデザインを見て「いいですね!」とジャケ買い。なるほど、そういう本の選び方もあるんですね。
フェアは8月1日まで開催、長野の人にとって、松岡正剛再発見の機会となりますように。そして、本に出会う善き時間となりますように。
文・写真:福田恵美
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【このエディションフェアがすごい!21】平安堂長野店
【このエディションフェアがすごい!19】丸善津田沼店(千葉県習志野市)
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【このエディションフェアがすごい!17】ジュンク堂書店大分店
【このエディションフェアがすごい!16】ジュンク堂書店難波店(大阪市)
【このエディションフェアがすごい!15】ジュンク堂書店三宮駅前店(神戸市)
【このエディションフェアがすごい!14】長崎次郎書店(熊本市)
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【このエディションフェアがすごい!10】ジュンク堂書店名古屋店
【このエディションフェアがすごい!09】ジュンク堂書店鹿児島店
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【このエディションフェアがすごい!03】ジュンク堂書店池袋本店
【このエディションフェアがすごい!02】ジュンク堂書店福岡店
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エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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